名古屋家庭裁判所 昭和40年(家イ)1004号 審判 1965年12月06日
住所 名古屋市
申立人 山口かおる(仮名)
右法定代理人後見人 山口正一(仮名)
(本籍、住所共に申立人住所に同じ)
相手方 小林卓三(仮名)
主文
相手方は、申立人を認知する。
理由
一、申立人は、主文同旨の審判を求め、その事由として述べる要旨は、
(一) 申立人の母山口とよ子は、昭和二七年(一九五二年)三月一七日、当時日本に進駐していたアメリカ合衆国空軍々人フレデリック・エイチ・ボーレン(以下ボーレンと称する)と婚姻、夫の氏を称する旨、福岡市長に届出を了したのであるが、その後ボーレンは単身アメリカ合衆国オクラホマ州に帰国したため、爾来山口とよ子とは事実上離婚状態となつた。ボーレンは、昭和三二年(一九五七年)八月七日、アメリカ合衆国オクラホマ州タルサ郡地方裁判所において離婚判決を受け、六ヵ月を経て同裁判が確定した。山口とよ子は、昭和三三年(一九五八年)三月二七日、本籍愛知県海部郡○○町役場備付の戸籍に、その旨記載を了したが、昭和三四年九月一三日名古屋市中村区○○町三丁目五二番地で死亡した。その後、昭和四〇年九月八日、当裁判所において、申立人の後見人として、山口正一が選任された。
(二) ところが、上記山口とよ子は、正式に右ボーレンと離婚する以前に昭和二八年頃、むかし知合いの相手方と再会し同棲生活に入り、相手方との間に昭和三〇年(一九五五年)五月一八日申立人を出生した。
(三) 上記の如く、申立人は、真実山口とよ子と相手方との間に出生したものであるにかかわらず、申立人の出生当時とよ子とボーレンとの間にはなお法律上婚姻が継続していたため、母なる山口とよ子が昭和三〇年五月八日届出をなし、同月一九日名古屋市中村区長によつて受理された申立人の出生届は、昭和三五年六月一五日過誤につき戸籍の記載全部を消除された。
(四) よつて、申立人は、相手方の認知をえて、相手方と山口とよ子の間の子として戸籍に登載されたく、本件申立に及んだというのである。
二、本件につき、昭和四〇年一一月二日の調停委員会において、相手方が申立人を認知することにつき当事者間に合意が成立し、その原因についても争いがないので、当裁判所は、記録添付の戸籍謄本、名古屋法務局戸籍課長証明にかかるオクラホマ州タルサ郡地方裁判所判決書訳文、本件合意調書、当裁判所昭和四〇年(家)第一八七〇号後見人選任事件審判書、家庭裁判所調査官藤田初恵の調査報告書の各記載並びに申立法定代理人後見人山口正一および相手方に対する審問等によつて、必要な事実を調査したところ、申立人の主張どおりの事実が認められる。
三、ところで、法例一八条により、子の認知の要件は、その父に関しては認知の当時父の属する国の法律により、その子に関しては認知の当時子の属する国の法律によつてこれを定めるべきであるから、父たる相手方に関しては日本民法によるべきであり、また子たる申立人に関しては母が日本国民であり、後記のとおり父が知れない場合に該当し国籍法第二条第三号により日本国民と認められるから日本民法によるべきであつて、結局のところ、本件認知の要件は、日本民法によるべきこととなる。日本民法によると、被認知者は嫡出でない子でなければならないから(民法七七九条)、相手方が申立人を認知するためには、申立人が嫡出でない子であることを要する。そして法例一七条によると、子が嫡出であるか否かは、その出生の当時母の夫の属した国の法律によつてこれを定めることになつているのであるが、本件申立人の出生当時、母である山口とよ子は、前記認定のとおり、アメリカ合衆国の国籍を有するボーレンとの間になお法律上婚姻関係を継続していたのであるから、申立人が嫡出であるか否かは母の夫たるボーレンの属するアメリカ合衆国オクラホマ州の法律によつて定めることになる。オクラホマ州法によると、婚姻中に生まれた一切の子は、嫡出であると推定されるのであるが、この嫡出の推定は夫あるいは妻、または夫婦の双方もしくは一方の直系卑属によつて争いうるのである(Oklahoma Statutes, Title 10,§§1,3〔1961〕)。
そうだとすると、本件申立人は、一応母たる山口とよ子とボーレンとの間の嫡出子であると推定されるのであるが、その嫡出子であるか否かが問題となる本件認知事件においてはこの推定を争いうるというべきである。ところで、ボーレンは、完全に不在で母たる山口とよ子と一切の交渉をもちえないことは、一九五七年八月七日付オクラホマ州タルサ郡地方裁判所離婚判決書訳文の記載、申立法定代理人および相手方に対する審問の結果によつて明らかであり、したがつて、この推定は完全に覆えされ、申立人はボーレンと山口とよ子との間の嫡出子でなく(オクラホマ州法上、ボーレンと申立人との間には非嫡出父子関係も発生しない)母たる山口とよ子が相手方との間に儲けた嫡出でない子であるといわなければならない。したがつて、申立人が相手方に対して認知を求める本件申立は、日本民法によりすべて認知の要件をみたしているので、理由があるというべく、当裁判所は、調停委員水上市蔵、同安藤きみの意見を聴いた上、家事審判法二三条に則り、主文のとおり審判する。
(家事審判官 斎藤直次郎)